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京都地方裁判所 昭和41年(む)170号 決定 1967年1月12日

被告人 江川稔

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する京都地方裁判所係属の傷害被告事件につき、審理中の公判において被告人江川稔、主任弁護人平田武義及び弁護人高谷昌弘から、同裁判所裁判官岡田退一に対し忌避の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立はいずれもこれを却下する。

理由

一  本件忌避申立の原因は、弁護人平田武義同高谷昌弘名義の昭和四一年一二月一九日付忌避申立陳述書記載のとおりであつて、その要旨は、本件は検察官の違法不当な政治的意図に基く起訴であり、且つ、被告人及び労働組合の、組合活動を弾圧する目的でなされたものであるから、その弾圧とたたかい基本的人権を守るために、法で認められた範囲の、最大限の弁護権防禦権を行使すべく、特別弁護人選任の許可を求め、合議体で審理及び裁判することを要請したのであるが、裁判官岡田退一は、これらの要求に応じないのみならず、特別弁護人選任を許可しないことの理由をも開示せず、果ては、これに関する弁護人らの発言を、再度にわたつて禁止するなどの暴挙に出て顧みないので、同裁判官のこのような訴訟指揮に鑑み、同裁判官は本件について、不公平な裁判をする虞がある。というにある。

一  そこで、被告人に対する京都地方裁判所係属の傷害被告事件記録を検討して考察するに、

(1)  まづ、第一回ないし第三回公判調書によれば、同公判期日において、被告人及び弁護人は、裁判官岡田退一に対し、累次にわたつて、特別弁護人として、増永祐三(全京都印刷出版労働組合連合会書記次長)及び倉本昌弘(京都印刷出版産業労働組合執行委員長)の選任につき許可せられたい旨求めたところ、同裁判官は、終始、現段階においてはその必要性を認められないとして、これが許可を与えなかつたことが明らかである。しかし、右のような請求があつた場合に、これを許可すべきかどうかは、もとより同裁判官の任意の裁量によつて決せられるべきところであるが、当時被告人には、弁護士である弁護人が四人選任されていた上に、訴訟の進行は、未だ起訴状を朗読した程度にとどまり、且つ、本件訴因の具体的内容は、それ程複雑多岐にわたつているわけでもないから、右弁護人のほか、さらに特別の知識経験を有する者を弁護人に選任しなければ、弁護の十全を期することができないとは思われないので、同裁判官が、その段階において特別弁護人の必要はないものとして、その選任を許可しなかつたとしても、その裁量的措置に違法なかどはなく、不当な点も認められない。

(2)  つぎに、第二回及び第三回公判調書によれば、同公判期日において、裁判官岡田退一は、再度にわたつて、特別弁護人選任に関する弁護人らの発言を禁止したことが明らかであるが、右は同裁判官が、前記のように、現段階では特別弁護人の選任を許可しない旨を告げ、訴訟の進行をはかろうとしたにもかかわらず、弁護人らは、同裁判官のかような訴訟指揮に不満をいだき、執拗に特別弁護人選任の許可を求めてやまないため、再度にわたつて、その都度発せられた発言禁止処分であることがうかがわれ、それは、その当時の情況に照し、訴訟指揮上まことにやむを得ない措置というべきであつてそれが違法のものであるとは認められない。そして、その禁止処分に対し、弁護人のなした異議の申立について、同裁判官が、いずれもその理由がないものとしてて、これを棄却する旨の決定をしたことについても、また何ら違法ないし不当の認めるべきものがない。

(3)  さらに、第三回公判調書によれば、同公判期日において、裁判官岡田退一は弁護人らに対し、未だ合議体で審理及び裁判する旨の決定がなされていない旨を告げ、単独体のままで訴訟の進行をはかろうとしたことが明らかである。ところで、およそ訴訟関係人から裁判官に対し、合議体による審理及び裁判を求めることは、単にその職権の発動を促す行為に過ぎないのであるが、裁判所法第二六条第二項第一号によれば、被告事件を裁定合議に付することは、常に合議体の決定によることを要し、一裁判官のよくこれを左右し得るところでないのであるから、同裁判官が前記のような措置に出たのは、むしろ当然のことに属し、何ら非議すべきものがない。

しかも、前記のように、特別弁護人の選任を許可しないことや、被告事件を裁定合議に付しないことなど、裁判官の任意の裁量によつて決せられるべき事柄については、裁判官のとつた措置を不満とする場合には、その訴訟の過程において、適宜異議の申立により、または上訴審における争訟によるなどしてこれが解決をはかるべきであつて、かような、裁判官の裁量的処分などに対する、忌避申立人の主観的な不満による不信的推測は、刑事訴訟法第二一条第一項にいわゆる「不公平な裁判をする虞があるとき」にはあたらないものと解すべきである。何となれば、同法が忌避の制度を認めたのは、特定の事件について、除斥の原因とあわせて、不公平な裁判をする虞があるときには、当該裁判官をその職務の執行から終局的に脱退させて、裁判の公正を期する趣旨にあるのであるから、同条にいわゆる「不公平な裁判をする虞があるとき」とは、これを除斥の原因に準じて考察し、当該被告事件の訴訟の経過を離れた、特殊な客観的事情が介在することによつて、その裁判官に公平な裁判を期待し得ない虞がある場合と解するのが相当だからである。

かようにみると、本件忌避申立の理由として掲げられた事実は、そのいずれをとらえても、前記のように、何ら違法ないし不当のものがなく、非議すべきものがないのみならず、それは、本件被告事件の訴訟の過程において、これに関連して生じた忌避申立人の主観的な不満による不信的推測にかかり、その他一件記録によつてうかがい得る諸事情をあわせ考えてみても、とうてい、同法第二一条第一項にいわゆる「不公平な裁判をする虞があるとき」にあたるものということはできない。

一  以上の理由により、本件忌避の申立はこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 橋本盛三郎 阿蘇成人 長谷川俊作)

別紙<省略>

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